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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)4491号 判決

原告

大阪市信用保証協会

右代表者理事

阿部宰

右訴訟代理人

尾崎亀太郎

被告

甲野花子

被告

甲野太一郎

被告

甲野四郎

右三名訴訟代理人

門司恵行

被告

甲野三吉

主文

1  被告甲野花子は原告に対し、金三五八、七〇〇円、及びこの内金三一七、六〇四円に対する昭和四九年四月六日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告甲野太一郎及び被告甲野四郎は各自原告に対し、金一七九、三五〇円、及びこの内金一五八、八〇二円に対する昭和四九年四月六日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告甲野三吉は原告に対し、金一、〇七六、一〇〇円、及びこの内金九五二、八一四円に対する昭和四九年四月六日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(原告の請求の趣旨)

1  主文一ないし三項同旨

2  原告に対し、被告甲野花子は金四一、〇九六円、被告甲野太一郎、及び被告甲野四郎は各金二〇、五四八円、被告甲野三吉は金一二三、二八六円に対する昭和四九年四月六日から支払ずみまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決及び仮執行宣言。

(被告花子、太一郎及び四郎の請求趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(原告の請求原因)

一  甲野太吉は、昭和四七年六月二二日三和銀行より金一二〇万円を、利息年八パーセント、弁済方法同年一二月二二日金一七四、〇〇〇円、同四八年二月より隔月の二二日に金一七一、〇〇〇円宛、期限に弁済しないときは通知催告なく期限の利益を失う特約で、借り受けた。

二  甲野太吉は昭和四七年六月二二日原告に、右債務の保証を委託し、原告が保証債務を弁済したときは弁済額及び、弁済日の翌日以降完済まで年18.25パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨を約した。

三  被告甲野三吉は昭和四七年六月二二日原告に対し、甲野太吉の右二項の債務を連帯保証した。

四  原告は右二項の保証委託にもとづき昭和四七年六月二二日株式会社三和銀行に対し右一項の甲野太吉の債務を連帯保証した。

五  甲野太吉は右一項の債務の履行を遅滞し期限の利益を喪失した。原告は昭和四八年九月一三日株式会社三和銀行に対し、元金一、二〇〇、〇〇〇円、及びこれに対する昭和四八年九月一三日迄の利息のうち五二、八一四円を弁済した。

六  甲野太吉は原告に対し、昭和四九年二月五日、同年三月五日及び四月五日の三回に亘り、金一〇〇、〇〇〇円宛を弁済しこれを弁済金債務に充当した。

七  甲野太吉は昭和五一年一月三一日死亡した。被告甲野花子はその妻、その余の被告ら及び訴外乙野光男はその子であつた。

八  よつて、原告は

1  代位弁済金より右六項の弁済金を差引いた九五二、八一四円、

2  代位弁済金より弁済金を順次差引いた額につき昭和四八年九月一四日より同四九年四月五日まで年18.25パーセントの割合による遅延損害金一二三、二八六円、及び

3  右1、2の金員に対する昭和四九年四月六日より年18.25パーセントの割合による遅延損害金

の債権を有するから、連帯保証人である被告甲野三吉に対しては右の額、その余の被告らに対してはその法定相続分に応じた額について支払いを求める。

(請求原因に対する被告花子、太一郎、四郎の認否)

請求原因一ないし六は不知、同七は認める。

(被告花子、太一郎、四郎の抗弁)

一  相続放棄

1  被告花子は、夫の甲野太吉、次男の被告四郎らと共に終戦後満州より引揚げてから辛苦に耐えて内助に尽した。被告四郎、同太一郎も年少のころから家計を助けた。被告花子、同四郎及び同太一郎(以下被告三名という)の努力により漸く一家の生計に安定を見たが、太吉は次第に酒色に溺れ、被告花子に対し暴行、傷害を加えたので被告花子はたまりかねて、甲野太吉と別れて生活するようになり、その後太吉からは何の扶養も受けていない。このように、被告三名らは昭和四八年ころ以降太吉と全く交渉を持つことがなかつた。

2  被告花子は、昭和五一年二月二日ころ、千葉県柏警察署より、甲野太吉が柏市で死亡した旨の知らせを受け、被告三名は同警察署に赴き、遺体と対面のうえ火葬に付した。

この際、同警察署より甲野太吉の遺品として現金二万円余を引渡されたが、これは死体検案、火葬費用の一部に充てた、右以外に甲野太吉の遺産は全くなかつた。

3  右のような事情で、被告三名は甲野太吉の死亡により相続の問題が生ずるとは思い及ばなかつたし、相続放棄の手続があることも知らなかつた。被告三名はその後原告より甲野太吉の債務の支払いの請求を受けたことがあつたが、その支払の義務があるとは思つてもいなかつた。被告三名は昭和五三年八月に本件訴状の送達をうけて驚き、大阪弁護士会の法律相談に赴き、始めて甲野太吉の債務が被告三名に相続されることを知つたのである。

4  被告三名は、昭和五三年九月八日大阪家庭裁判所に被相続人甲野太吉についての相続放棄の申述の受理申立をし、同裁判所は昭和五四年五月一日これを受理した。

5 被告三名について、民法九一五条の「自己のために相続の開始を知つた時」とは、本件訴状の送達を受けた時と解すべきであるから、右4の相続放棄申述は期間内にされたものとして有効である。

二  権利の濫用

1  前記一1ないし3の事実。

2  原告は信用保証協会法に基づき、大阪市の出資により設立された公共的性格を持つ特殊法人であるが、求償権を取得した昭和四八年九月以降、甲野太吉より計三〇〇、〇〇〇円を弁済させただけで、そのほかには債権回収につき何の措置をもとつていない。

3  以上の点を考えると、被告三名に対する本件請求は、苛酷に失し、具体的妥当性を欠くから認容されるべきではない。

(抗弁に対する原告の認否と主張)

一 被告三名は、甲野太吉の死をその後間もなく知つたほか、昭和五二年一一月には訴訟外で原告の請求を受けて本件債務の存在を知つた。したがつて、被告三名の相続放棄の申述は期間経過後にされたものとして無効である。

理由

一請求原因事実は、被告三名との間では成立に争いがなく、被告三吉との間では〈証拠〉により認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

二抗弁一4のとおり被告三名が昭和五三年九月八日に相続放棄申述受理申立をし、この申立がその後に受理された事実は、原告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。

そこで、右相続放棄申述が民法九一五条の期間内にされたものとして有効か、つまり、被告三名が「自己のために相続の開始を知つた時」が右受理申立より三か月前の昭和五三年六月八日以降かどうか、について判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  抗弁一1、2の事実。

2  被告三名は、甲野太吉について相続の問題などは生じえないと考えており、甲野太吉に他に財産、債務があるかどうかを調べてみたこともなかつた。

3  原告は昭和五二年一〇月になつて始めて、甲野太吉が死亡していること、その相続人が被告らと乙野光男であることを知つた。

4  原告の職員新谷昭二郎は昭和五二年一一月四日、被告花子及び同太一郎の居宅に電話し、被告花子に対して、原告は甲野太吉に債務があるのでその妻子である被告らで支払つて欲しいこと、詳しいことについて話をするため被告らのうちの誰かが原告事務所に来て欲しいことを話した。

5  被告花子は、被告四郎と同太一郎に右4の電話の内容を話して、被告四郎が原告事務所を訪れることに相談をまとめた。

6  被告四郎は同年一一月一〇日に原告事務所を訪れ、新谷昭二郎と面談した。新谷昭二郎は被告四郎に対し、甲野太吉が昭和四七年に原告の保証で三和銀行から一二〇万円を借受けたがその返済をしなかつたので、原告が替つて弁済をしたこと、甲野太吉はそのうち三〇万円を原告に弁済したがそれ以外の弁済はしなかつたこと、甲野太吉は死亡したので、原告としては被告らにこれを支払つて欲しいこと、を話し、甲野太吉の三和銀行宛の信用証書(甲三号証の一)を見せた。被告四郎は、右借用証の甲野太吉名下の印が同人のものであることを確認した、が父太吉には親らしいことをして貰つていないし、財産も相続していないから、甲野太吉の債務を支払う必要はないと思うし、被告らは支払う資力もないのでこれを支払えないと答えた。新谷昭二郎は更に、相続放棄をしない限り甲野太吉の子や妻にあたる被告らは太吉の債務を支払わなくてはならないことになつている、払つてもらえないなら裁判をしなくてはいけないなどと話した。被告四郎は、被告花子や同太一郎と相談をしてから返事をすると答えて帰宅した。

7  被告四郎は同年一一月一一日ころ被告花子、及び同太一郎に右6の面談等の内容を伝えて相談した結果、被告三名とも甲野太吉から何も貰つていないし、資力もないので、原告には支払えないとの返事をすることで相談がまとまつた。

8  被告四郎は同年一一月一四日電話で原告事務所の新谷昭二郎に対し、甲野太吉の債務は支払えないと伝えた。

9  被告三名は後記訴状送達直前の時点までは、新谷昭二郎より前記6のような説明を受けたものの、甲野太吉との関係は前記1、2のとおりであり、何の財産も貰つていなかつたので、甲野太吉の債務を請求されることは不合理であり、これを支払う必要はないのではないかと考えていた。

10  原告は昭和五三年七月二四日に本件訴えを提起し、その訴状は、被告花子及び同太一郎には同年八月三日に、被告四郎には同月四日に送達された。

11  被告四郎は同年八月二二日ころ、大阪弁護士会の法律相談において、担当弁護士より、前記1、2の事情があつても、相続放棄の手続をしていない以上、甲野太吉の債務について責任があるとの説明を受けた。被告四郎はそのころ被告花子、及び被告太一郎に右の説明を伝えた。

右認定の事実によれば、被告三名は、昭和五一年二月二日ころには甲野太吉の死亡を知り、昭和五二年一一月一一日ころまでには甲野太吉の本件債務の存在を知つたものであるから、被告ら三名について民法九一五条の「自己のために相続を知つた時」とは、遅くとも昭和五二年一一月一一日ころと解すべきである。

もつとも、右の時点では被告三名は甲野太吉の債務億相続されないのではないかと考えており、昭和五三年八月二二日ころに弁護士に聞かされて始めて、右債務が相続され被告三名も責任があることを信ずるに至つたものであるが、このことは右の判断を動かすものではない。

そうすると、被告三名の相続放棄申述は、法定の期間経過後にされたものであるから無効である。

三被告の抗弁二の主張は、主張自体理由がない。

四前記の請求原因事実によれば、原告の請求のうち、請求原因八2の遅延損害金一二三、二八六円に対する遅延損害金の支払いを求める部分は重利の請求であるから理由がないが、その余の請求は理由がある。

よつて、訴訟費用は民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文により被告らの負担とし、仮執行宣言は不相当であるから付さないこととして主文のとおり判決する。

(井関正裕)

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